聖なる河 (前編)

 八月半ばになると、さすがに日差しは 厳しい。
太陽の光が熱の矢と化して、僕の肌を容赦なく射す。
大きな河のほとりだというのにものすごく蒸し暑い。

 僕は船付き場の桟橋で、ひたすら彼女---ルージュを待っていた。

 僕の名前は、タシ。
 僕の村の近くには、向こう岸が見えない位広大な河が流れている。
その河には河イルカが住み着いていて、村では豊漁と幸運をもたらす河の神の使いとされ、またその年に死んだ人々の魂を河の向こうにある『神の地』へ運ぶ存在として深く尊敬されていた。

 またこの河は子供たちの遊び場でもあり、遠くから河イルカを見に来る観光客で賑わう観光地でもあり、そして村で行われる年に一度の祭の舞台でもあった 。

 僕たちにとってこの河は『聖なる河』であるのだ。

 そんな『聖なる河』に異変が起きたのは、ちょうど半年前。
 どうしたことか全く魚がとれなくなってしまったのだ 。
さらに河イルカが次々と死んでしまい、わずか数頭にまで減ってしまった。

 この出来事は漁業と観光で成り立っている村へ大打撃を与えた。
河イルカの生態に詳しい学者が調べてみたら、本来河にいないはずの雷魚が大量に見つかり、イルカや魚たちに危害を与えていることがわかったのだが、なぜ雷魚がこの河に住み着いた原因まではわからなかった。

 とにかくこのままでは、村人たちの生活への影響は深刻になっていくばかりで、最近では「河の神のたたりだ」という噂までが流れだした。この事態を重く見た長老たちの話し合いの結果、遠方から占い師を呼び寄せてこの異変の原因を突き止めてもらうことになった。

 そうしてやってきた占い師が、ルージュであった。

「ごめんね、タシ。 遅くなっちゃって」
 ルージュの声に、僕は我に返った。
いつのまにかルージュとその連れの男---竜馬が、目の前に来ていた。

「どうしたの竜馬? 目の下にくまが出来てるよ」と、僕。
「いや、夕べハエやら蚊やらの羽音に悩まされてな。なかなか眠れんかったぜよ」
「それで寝坊しちゃったわけだ」
「すまんきに……」
竜馬は額の汗を手ぬぐいで拭いながら、すまなそうに言った。

「うふふ……竜馬ったら。
 それより河イルカの住みかにいきましょう。タシ、案内してくれる?」