眠り姫

 ————およそ1ヶ月前。
とある小さな島の遺跡の最奥部で、世紀の大発見といっても過言ではない代物が発見された。
 ロック・ヴォルナットの手によって、ディグアウトされたのは、かなり錆びついた、大きな鉄の棺。

 その中には、3千年以上も昔に製造されたものと思われる、少女型のロボットが青いヘルメットを胸に抱いた姿で納められていた。
 とうの昔に機能停止していてボディパーツがかなり朽ちたり傷んでいたものの、奇跡的にほぼ原型をとどめていた『彼女』の修復作業が、学術調査と同時進行で行われることとなった。

『眠り姫』————
 それが、古のおとぎ話になぞらえて『彼女』につけられたコードネームである。

「ええっ?!! 『眠り姫』を元の遺跡に戻すって?」
 ロールがロックとともに1週間かけて出した『結論』を告げた途端、案の定作業チームのリーダーのトニーは目を丸くして驚いた。
「はい、昨日博士たちと話し合って、そうすることに決めました」
「で、でも、ロールちゃん、『彼女』の調査はまだ終わっていないんじゃないか。
 修復作業もほぼ終了して、もしかしたら『彼女』を起動させられるかもしれないっていうのに……どうして?」
 かなり当惑した態度でうろたえるトニー。
 トニーの言うとおり、『眠り姫』の修復作業は外見はもちろんのこと、動力炉を稼動していた頃と寸分たがわぬ状態に復元したところまで完了している。
 ここ数日彼がロールはもちろんセラやユーナたちの協力を得て、未知のロストテクノロジーの壁に何度もぶち当たりながらも、寝食もそこそこに修復作業に並々ならぬ労力と情熱を注いでいた事は、白衣やネクタイが乱れ目の下にクマをつくっている彼の今の身なりから一目瞭然である。
 あとはいくつかのチェックをクリアして『彼女』を目覚めさせる段階にまでこぎつけたというのに、ロールの発言は彼にとってまさに寝耳に水であった。

「わたしは、『眠り姫』をこのまま元の場所に戻してそっと眠らせてあげておくべきだと思うんです」
「し、しかし、『彼女』は我々の知らない遥か昔の古代文明……いや地球の歴史を知っていて語ってくれるかもしれないんだよ? 『彼女』のメモリーが、いや『彼女』そのものが歴史的にも技術的にも『大いなる遺産』と呼ぶべき大変貴重な存在だっていうのに」

「トニーさんの『彼女』を蘇らせようとするお気持ちは、よくわかります」
 ロールは傍らの作業台に寝かされている『眠り姫』−−−ロールと同じ長い金髪を持った少女型の機械人形に視線を移す。
「……でも、『彼女』は本当にそれを望んでいるのでしょうか?
 それが本当に『彼女』にとっていいことなんでしょうか?」
「! ……………………」
 ロールのその一言で、トニーは無言になった。
「『彼女』が生きていた時代が必ずしも平和だったとは限りません。
 もし『彼女』が目覚めても、その残っている記憶が辛く悲しいものだけだとしたら……あまりにも悲しすぎます」
ロールは真剣な眼差しで言葉を続ける。
「それに……見てください。『彼女』のこの顔を」
 促されて、トニーも『眠り姫』の顔に目を見やる。
 発見当時についていた傷を修復したその表情は、穏やかそのものであった。
薄いローズピンクの唇は、まるで幸せな夢を見てうっすら笑顔を浮かべているかのようにも見える。
「『眠り姫』がどういういきさつで眠りに付いたのかはわたしもロックも興味はあります。
 でも、こうして幸せそうに眠っている『彼女』を一方的な都合や好奇心で無理やり目覚めさせる権利なんて、果たしてわたしたちにはあるんでしょうか?」
「…………………………………………」
 トニーは黙って何も言わなかった。いや、何も言えなかった。

 そして2週間が経った。
 『眠り姫』に関する学術調査と修復作業が完了次第直ちに『眠り姫』を新しく造った鉄の棺に納めて遺跡の最奥部に再び戻すことに決まった。
 その決定に学術調査隊や『眠り姫』の修復作業に当たっていたメンバーたちはかなり落胆し、中には「それでは今までの努力が水の泡ではないか」と不満を漏らす者も出てきたが、ロックやロール、トニーが根気よく説得したおかげでなんとか納得してもらうことに成功した。
 また、『何も元の遺跡に戻さずとも『彼女』をどこかの島の博物館に引き取ってもらったらどうか?』との意見も出たが、空賊に強奪される危険性もあり、何より『彼女』を展示品という名のさらし者にするのには忍びないとのロールの意見もあって、却下された。

(ちなみにこの時、別の場所でロックたちのやりとりを盗聴していたトロン・ボーンが、『眠り姫』強奪計画を断念せざるをえない悔しさのあまり、ヘッドフォンを叩き壊したのだが、それはまた別の話である)

「はい、これでオッケー、っと」
 固く瞼を閉ざしたまま椅子に座らされている『眠り姫』のポニーテールの根元に、マチルダの絆創膏だらけの指が緑のリボンを大きい蝶々結びにきゅっと結わえる。
「うん、あたしの裁縫の腕もまだまだ捨てたもんじゃないわね」
 マチルダは満足そうにうなずく。
発見当時、『彼女』が身に着けていたリボンも赤いワンピースも長い年月を経てすっかりボロボロに風化していたのを、マチルダが「このままだと可哀想」と十数年ぶりに裁縫道具を駆使して新しく造リ直したのだ。
「これで『この子』も気持ちよく眠れるね」
 と、ロールが『彼女』の頭を優しく撫でる。

ロールもトニーと同様『彼女』の修復作業に携わっている間に、
「なんかね、どう表現したらいいのかな?
 なんとなく……というか、『この子』は長い間生き別れていた親友……いいえ、血の繋がった姉妹って感じがするのよ」
と、かつてロックに語ったほど、いつしか『彼女』に愛着をもつようになっていた。
それだけに、『彼女』を遺跡に戻すことを決めたロールにとって、この別れは辛く悲しいものであった。
「ロールちゃん……」
 ロックにもロールの気持ちが痛いほど、よくわかる。
「『この子』とお話できないのは残念だけど、『この子』の眠りを邪魔するわけにはいかないものね……」
 ロールは『彼女』を見つめて微笑んだ。
しかし、その表情はどことなく寂しそうである。
「案ずるでない、ロールよ。
 後のことはユーナに任せておくがよい。」
 傍らで見守っていたセラがロールの肩に手を置いて語りかける。
「この島の司政官は、ユーナの直属の部下だ。
 そやつならば必ずや、この『少女』の眠りを妨げぬようにあらゆる曲者の手から存分に守ってくれることであろう…………」
 セラの言葉に、ロールが無言でうなずく。

「よいしょ」
 ロックは、『彼女』を抱きかかえた。
見かけによらずかなりずっしり重い。
それでも足がよろけそうになりながらも、ロックは『彼女』を新しく造った鉄の棺————機能休眠カプセルまで運び、眠っている赤子をゆりかごに入れるかのように、丁寧にそっとその中に横たわらせる。
 後は蓋を閉めれば、準備完了である。
 ロックが蓋を閉めるスイッチを押そうとしたとき。
「待って」
 ロールが呼び止めた。
「? どうしたの?ロールちゃん」
ロックがいぶかしげに言う。
「忘れ物」
 ロールが部屋の隅から青い丸いもの——『眠り姫』が大事そうに抱きかかえていたヘルメットを両手に抱えて持ってきた。
もちろん、ロールの手によって修復済みである。
「…………これ、『貴方』にとって一番大切なものなんでしょ?
 直しておいたから一緒に入れておくね」
 そう語りかけながらロールは、『彼女』の両手を取り胸にヘルメットを抱かせる。
「本当に……幸せそうな寝顔………きっと楽しい夢をみているのね………『貴方』は………」
 『彼女』の前髪を何度も優しく撫でているうちに、いつしかロールの目にも涙が光っていた。
ロックやマチルダ、セラ、背後に控えたトニーたちも無言で見守る。

 しばしの静寂が流れた後————。
「もういいわ、ロック。後はお願い」
 自分なりに『眠り姫』への別れを済ませたロールが、涙を拭いながらロックに告げた。
それに答えてロックはうなずき、
「……それじゃ、スイッチを押すよ」

 ロックの指がスイッチに触れ、ゆっくりと押される。

 ヴィィィ……………………

機械音とともにスライド式の蓋が動き出し、

 プシュゥゥ………………

 完全に閉ざされ、『眠り姫』は再び闇に包まれた。

「おやすみなさい…………………………………『ロール』」

 ロールは修復作業の過程で知った『彼女』の本当の名前を慈しみをこめてそっと呟き、祈った。

どうか『彼女』の眠りがいつまでも安らぎと幸せに満ちたものであるように、と。

 その後、数多くのディウアウターや空賊が『眠り姫』を求めて遺跡をくまなく探しまくったが、誰一人辿り着く者はいなかった。
 やがて<最奥部には鋼鉄の茨のようなものに覆われている扉があり、その扉の向うに『眠り姫』が眠っている>という噂が流れ出し、いつしかそれは『茨の森の眠り姫』の伝説として後世に語り継がれるようになっていった。

 この島を訪れた青いアーマー姿の少年が『眠り姫』の眠る場所を突き止めて、『眠り姫』を数千年の眠りから目覚めさせたのは、それからさらに数百年後の事である。

 <end>


あとがき

10数年前に、とあるサイトの小説掲示板に投稿したものをUSBメモリからサルベージしたものです。
たしか同人誌読んで、ラストに感動して書きなぐった記憶があるんだが・・・記憶があやふやですまぬ(汗
このころからなんでもかんでもDASHに繋げたがる癖があったわ(爆