#2 日暮さん絶叫する

 さて、その日の夕方。

「♪ふっふふんふんふんふんふーん、ふっふふんふんふんふんふーん
 あーいい湯でマスたね~」
 
 夕闇迫る歩道を、日暮は上機嫌に鼻歌を歌いながら歩いていた。
肩にはタオル、左脇に洗面器を抱えているその姿は銭湯からの帰りであることを印象づけている。

「いやあ、いつ行っても銭湯はいいもんでマスねー。家の風呂釜が壊れてしまって、一時はどーなるかと……」
『よかったですね、日暮さん。
 この街にもまだ銭湯があったなんて思いもよりませんでしたよ。
 しかし、入浴料金が550ゼニーとはちょっと高すぎだと思いますが……』
 
 石鹸やシャンプーと一緒に洗面器の中にいれてあるPETの中から、日暮のナビ、ナンバーマンがややトーンを落とした口調で話しかける。銭湯でさっぱりしてきて、ご機嫌な表情の日暮とは対照的である。
 
「何言ってるんデスか、ナンバーマン。
 今時、銭湯なんて特別天然記念物に指定されてもおかしくないくらい、数が少ないんでマスよ!
 入浴料金が多少高くて当たり前でマス! でも、気持ちいいことには値段は関係ないでマスよ!!」 
『それはそうなんですが、私はお風呂の修理費用がちょっと心配で………』
 日暮の言葉に、ナンバーマンは心配そうな口調で答える。
 
「それなら心配ご無用! 今月のヒグレヤの売り上げは大黒字で…………ん?」
ふと、日暮の足が止まった。

『どうしました?日暮さん』
「確かここは………… 今、巷で有名になっている『幽霊屋敷』でマスか……?」

 そういって、見上げる日暮の視線の先には、ものすごく古ぼけた大きな洋館がそびえ立っていた。

 建てられてから百年以上は経過しているのだろうか。
雨風にさらされたレンガの壁は色あせてひび割れが入っており、無数のツタが生い茂っている。
そして、すっかり汚れている窓枠にはめられた窓ガラスには、くもの巣をおもわせるひび割れが走っている。

 いかにも『幽霊がでてきそうな屋敷』といった雰囲気が十分漂っていた。 

『これが、噂の幽霊屋敷ですか…………。
 町立図書館のデータベースで調べてみましたところ、なんでも今から百数十年前、アメロッパから移住してきた貴族の依頼で、当時有名な建築家の手によって建てられたものだそうです』
 もっとも、今は誰も住んでいないらしいそうですが……とナンバーマンが冷静に説明する。
「ナ、ナンバーマン、そっ、そんなことはどうでもいいから、とっととこんな薄気味悪い所からトンズラするでマス! あっしはオバケとかユーレイとかが怖くて怖くてたまらないでマス!」
 日暮は両足をがたがた震わせながら言った。
その顔はものの見事に真っ青になっており、冷や汗が文字通り滝のように流れている。
『そ、そうですね…………。
 早く家に帰りましょう。 風がでてきたし、湯冷めするといけませんね』
ナンバーマンの口調も、どことなく震えている。
「そそそそそうするでマスッ!!」
 そういって、日暮が顔面蒼白になりながらもこの場を立ち去ろうとしたとき……。